2018/08/14

長山洋子の台湾初登場

皆さん、おはようございます。津軽三味線音楽を聞いたことがありますか。土曜日の夜、友達に招かれて、長山洋子と津軽三味線澤田流の家元の澤田勝秋が台北国際会議センターで開かれたコンサートを観賞しました。台北でも、正真正銘の日本演歌が頂け、何だかタイムマシーンに乗れ、NHKホールで新日本の歌を観賞する雰囲気がしました。幸せいっぱいでした。

今週皆さんと一緒にお読みしたいNHKやさしいニュースは8月13日11時30分『広島県三次市1か月休んでいた鵜飼いを始める』というニュースです。先月広島県では雨がたくさん降って、川の水が増えて、船に乗る所に土や砂がたまったり、船が壊れたりしたため、鵜飼いができなくなって、1か月ぐらい休んでいた鵜飼いが始まりました。

広島県三次市の馬洗川では450年ぐらい前から、鵜という鳥を使って魚を取る「鵜飼い」を行っています。9日の夕方になると、鵜飼いが始まるのを待っていた35人の客が船に乗りました。ひもでつないだ鵜が水に潜って魚を捕まえると、客の女性は「川に砂が残っていましたが、また鵜飼いが始まってうれしいです」と話していました。三次市の鵜飼いは9月10日までです。

地球温暖化のゆえに、今年の夏には世界各地で森林火災や、豪雨など様々な天然災害が行い、鵜飼いまでの伝統活動にも影響を与えました。我々人間としては、もっと地球を大切しなければならないと強く感じてます。一人ひとりできるだけ、二酸化炭素排出削減する責任を負いましょう。

八月十日(金曜日)午後、景新図書館へ行って、ちょうどその時にボランティアをやっている日本語入門読書会の王さんに会って、そしてカラオケ大会とファッションショーショーのことをお知らせして、王さんも興味津々カラオケ大会とファッションショーショーに参加する気持ちがあるので、王さんと一緒に締め切りの直前にぎりぎりに申し込みました。

夜、侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督の1998年の映画『フラワーズ・オブ・シャンハイ』(原題:海上花)を見ました。日本語の字幕があるので、日本語を勉強しながら、映画を鑑賞しましたが、科白は上海語で、分かり難かったです。しかも十九世紀末の上海イギリス租界には高級な遊廓の女たちの物語で、百年の文化のギャップがあるので、ちんぷんかんぷんでした。

もともと清末の韓子雲が蘇州語で書かれた章回小説『海上花列伝』、七十年代張愛玲が中国語に翻訳して、九十年代末、朱天文が小説を脚本に直した映画化した作品。外景はなく、全て室内で展開され、ほぼ1シーン1ショットで撮られて、場面にはほとんどお酒を飲むことか、鴉片を吸うこととか、ジャンケンすることでしたが、映画を見た後、原作を読む気が惹かれました。

1904年に清光緒帝が科舉制度を廃止した前に、十九世紀末の台湾人は日本政府に統治されても、中国科挙(かきょ)の官僚登用試験をうけるでしたねぇ。もしも場所を移せば、台北にせよか、台湾語或いは日本語でしゃべる高級な遊廓の芸者たちだったら、芸者を身うけ、めかけを娶り、『フラワーズ・オブ・タイペイ』はどうなるシーンがあるのでしょか。

八月十一日(土曜日)夜、初めて台北国際会議センターで日本演歌のコンサートを観賞しました。長山洋子さんのデビュー35週年記念、かつ台湾初登場でした。長山洋子さんがアイドル時代の十年を経て、1993年には「蜩」で演歌歌手として再デビューしました。今長山洋子ときたら、津軽三味線を叩く歌手でしょう。津軽三味線の澤田流の名取を取った「澤田勝姫(さわだかつき)」の長山洋子さんは澤田流の家元と三人の師範を招いて、台北初登場の共演しました。

津軽三味線は江戸時代中期に中国の「三絃」が沖縄を経て、日本最北端であった津軽地方において津軽三味線となります。津軽地方の民謡伴奏に用いられて、撥を叩きつけるように弾く打楽器的奏法と、テンポが速く音数が多い楽曲に特徴があります。太棹を用いる、棹材には稽古用として花梨、舞台用で紅木を用います。

津軽三味線における「流派」とは合奏のフレーズが合うことであり、バチの叩き方、バチの形状、撥の固さの好み、伝承方法(口伝、楽譜など)あるいは糸巻きの位置と、津軽三味線における家元制度の名取芸名制は、1960年に導入してから、現在は、全国各地に大小様々な流派がおこり、それぞれが家元を名乗っている。男性奏者に比べると女性奏者は数が少ないです。

澤田流の家元の澤田勝秋は1944年生まれ、現役最年長かつ津軽出身最後の津軽三味線奏者として精力的に活動中、自身の演奏活動のみならず、若手の育成にも力を注ぎます。

長山洋子のコンサートは七時半から十時まで、中間休憩なし、一気に行われて、始めの俵積みと津軽三味線共演から、たてがみ (1996.11.07)、捨てられて (1995.03.24)、蜩 (1993.01.21)、恋 ・三味線 (2018.06.27)、時にまかせて、つぐない、別れの予感、好きになって人、涙そうそう、津軽三味線澤田流家元と弟子合奏、蒼月(1994.03.09)、北の蛍、紅い雪 (2000.11.01)、望郷ひとり泣き (2008.08.27)、さだめ雪 (1999.08.04)、海に降る雪 (1993.06.02)、じょっぱりよされ (2018.06.27)、アンコールのじょんから女節 (2003.06.25)まで、素敵な歌をいっぱい聞かせました。

蜩-ひぐらし 長山洋子 作詞:仁井谷俊也 作曲:徳久広司
https://www.youtube.com/watch?v=NH3A55yeKrQ

生命(いのち)を燃やす 季節は短い まして女の 綺麗な時期(とき)は
夏の夕暮れ 人恋しさに 焦がれ鳴きする 蜩(せみ)のようです
言葉で愛を 語れたら 手紙に愛を 綴れたら ああ あなた
死んだら涙 流してくれますか 冷たい躰(からだ) 抱きしめてくれますか

こんなにあなた 愛しているのに 運命(こい)の垣根が 越えられません
夏の終わりを 惜しんで鳴いて 愛が掠(かす)れた 蜩のようです

ふたりで夢を 探せたら こころに夢を 描けたら ああ あなた
見つめることも 叶わぬ恋ですか 忘れることが 真実(ほんとう)の愛ですか

じょんから女節 長山洋子 作詞:鈴木紀代 作曲:西つよし
https://www.youtube.com/watch?v=fa94QLbS1v4

雪は下から 舞い上がり 赤い裳裾(もすそ)に まといつく
太棹(ふとざお)三味線 女の旅路 燃えるくすぶる はじける愚図(ぐず)る
離れられない 男(ひと)がいる じょんからじょんから わかって欲しい

鉛色(なまりいろ)した 空の色 春は私にゃ 遠すぎる
太棹(ふとざお)たたけば 糸さえ切れる 憎いいとしい せつない辛(つら)い
指にからまる 女節 じょんからじょんから あんたが欲しい

八月十二日(日曜日)東野圭吾による日本の小説『プラチナデータ』映画化され作品をみました。私は推理小説に苦手なんですが、初めて東野圭吾による映画を見て、面白かったと思います。DNA捜査によって検挙率100%、冤罪率0%を目指す近未来の日本を舞台に、DNA情報によって犯罪に巻き込まれ、容疑者を追う立場から追われる身となった警察庁特殊捜査機関の天才科学者と、それを追う刑事を描いた作品でした。自閉症と二重人格障害に患う主人公たちは病気と愛情に絡まれ、欲望に溢れた研究センター主任は遺伝子は人間のすべて、心も、感情も、すべてデータ化できることを描写する物語です。

遺伝子検査では、採血で採取される血液細胞のほか、唾液や口腔粘膜の細胞など、採取しやすい細胞を用いて、目的とする遺伝子を特定して、その本体であるDNAの塩基配列を検査します。映画を見て、たくさんの日本語単語も習いました。東野圭吾の推理小説がいっぱい映画化されるので、これから幾つみたいです。

夜、名古屋行き最終列車(2015年)五夜のストーリーを見ました。駅の忘れ物承り所から語り始めまして、第一夜の老夫婦げんか、第二夜の芥川賞を目指す若い夫婦、第三夜の人生を捧げたラーメン店を閉じる男の物語、第四夜の大切な女性と恋に落ちた鉄道ファンの中年男、第五夜の見知らぬ人に500円を貸せること。善意か、詐欺か。これから、名古屋行き最終列車の他のシリーズを見続けます。

八月十三日(月曜日)台北市立図書館総館十階国際会議センターで行う2018年台北市樂齡ボランティア訓練にさんかしました。午前中の研修は『年輩の方とのコミュニケーションスキル』と『同感を培いと自己ケアリング』、お昼の後、バスに乗って、大稻埕を二時間見学しました。作詞家の李臨秋の実家とか、陳天來の豪邸とか、辜顯榮のマンションとか、李春生記念長老教会とか、たくさんすばらしい昔の建築を紹介して頂きました。

夜、日記を書きました。

2018台北河岸音樂季
日時:八月十八(土曜日)午後四時
会場:台北市延平河濱公園

2018/08/10

忘れられた一時

皆さん、おはようございます。人生初のカラオケ大会とファッションショーショーがいよいよ登場です。初戦は八月二十二日(水曜)、決勝は八月二十九日(水曜)です。八月五日(月曜)に中正樂齡センターで申し込んで以来、ずっとわくわく、ドキドキして、急に心が忙しくなります。

今日は申し込みの最終日です。広告チラシの左上にある小さなキャッチフコピー『セクシーなポーズが要らなくて、意気地さえあれば』の通りで、皆さんも、どうかご一緒、残暑の学びモード全開しましょう!

「触らぬ神に崇りなし」とよく言われるけど、ただ一度の人生をもったいないことをしたくなくて、試せる事がすばやく試すべきだと私は思います。「雁も鳩も食わねば、味知れぬ」という貴重な歌手とモデルの経験を身につけるのみならず、たくさんの出場者に出会えて、従って、新しい人間ネットワックができて、生活も豊かになります。

ダイヤモンド・ゲームみたいな人生には、まず動き出す、それから、一歩ずつ、「勝ち組」に辿り着きます。人生初めてのカラオケコンテストとファッションショーコンクールの目標は最佳勇氣獎(禮券500台湾元)です。失敗と言うことが当たり前で、ちょっと一回失敗したくらいで、くじけちゃいけないと思います。自信を出して、やればやるほど、必ず成果が出てきます。何もしないと、失敗がなくて、結局は何でも出来ないはずです。

今週皆さんと一緒にお読みしたいNHKやさしいニュースは8月8日16時00分『雨で水にぬれた古い資料が腐らないように冷凍庫に入れる』というニュースです。先月、西日本豪雨で水につかってしまった愛媛県宇和島市にある公民館の古文書などの腐敗を防ぐため6日、江戸時代からの役所の書類などおよそ4000点の資料が愛媛大学の冷凍庫で凍らせて保管されました。今後、順次、洗浄や乾燥などの作業が進められることになります。

紙にカビがついたり腐ったりしないように、90個の箱に入った資料を研究で使う生物などを保管している冷凍庫の中に運びました。大学の関係者などが資料を取り出して、新しいダンボール箱に入れ替え、これから、資料を1つずつ洗って乾かします。「資料がなくなることは、町の歴史がなくなることと同じだと思います。丁寧に作業を進めていきたいします」と愛媛大学の教授は話していました。

被災した古文書を「冷凍保管」 洗浄や乾燥の作業を初めて聞いて、勉強になりました。今度水に濡れた本とか紙資料とか、腐敗しないように、先ず冷凍庫に入れて、凍らせて、そして、順番に丁寧に洗って、乾かして、古い書類を上手に守ります。

八月七日(火曜日)日本語入門読書会のエミ先生と黄先生に中正樂齡センターで行うカラオケコンテストとファッションショーコンクールをお知らせしました。そして、お二人を誘って、一緒にに参加しますと励ましました。エミ先生と黄先生は七十歳以上の『金色年華』組で、私は五十五歳以上の『銀響社会』組です。エミ先生と黄先生はさっそく中正樂齡センターへ行って、申し込みました。やった、「赤信号皆で渡れば怖くない」!

私はもともと台湾語の歌の『飲んだ後の本音(酒後的心聲)』に挑戦したかったんですが、発音に訛りがあると指摘されて、中国語の歌の『忘れられた一時(被遺忘的時光)』に換わります。

リンダ・グラットン(Lynda Gratton)が書かれた『ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉』を読んだあと、職場に戻る気持ちが湧いて来て、二年前に新店にある大手流通事業者のカルフールでパートタイムの薬剤師を辞めましたが、再びパートタイムの薬剤師を応募しました。チャンスがありましたら、やはり職場に戻りたいです。

夜、『忘れられた一時(被遺忘的時光)』をカラオケの練習開始!

八月八日(水曜日)今日は台湾の父の日です。88を中国語で発音するとお父さんに似てますから。幼い時の優しいお父さんのことを思い出しました。週末になると、嘉義公園へ連れて行って、ピックニックしました。子供を持たない私は主人に伝えたいことはいろいろあります。いつも私のことを支えてくれて、ありがとう。これからも元気で長生きして下さい。

午前中、『忘れられた一時』の楽譜と歌詞を一生懸命暗記して、練習します。

午後、自転車に乗って、台北へ行って、マンションを租借することに携わりました。ラジオを聴きながら、掃除したり、カーテンを掛けたりして、楽しい一時を過ごしました。新店へ帰り途中、新生南路にあるマクドナルドに寄って、ソフトクリームを楽しみました。

夜、日本映画の『きみはいい子』を見ました。2012年に中脇初枝の小説が刊行された新興住宅街を舞台に、育児放棄や児童虐待を“される側”のみならず“する側”の問題にも焦点を当てて描きました。2015年に呉美保監督により映画化され公開されて、児童虐待、小学校教育問題、いじめ、アスペルガー症候群、そして独居老人の認知症などの現代社会が抱える問題の映画でした。見たあと、心が苦しくて、現代社会の家族は皆なればなれ暮らして、皆孤独な一人一人で、最近、誰かをぎゅっと抱きしめましたか。

映画の中に、父母と教師の会(ピーティーエー)で、アスペルガー症候群に罹れたある男の小学生が母親が口ずさむ歌詞を覚えて歌う場面があります。独り言で、『歓喜の歌』を歌い始めました。

緑の豊かに瞬く雲よ 美しい笑顔 瞬く季節 
憧れて優しく 美丘のふもとに 幸せ溢れ
心は穏やか 澄み渡る空 愛しく囁く 
あなたは一人
憧れて優しく くちぶえふけば

歓喜の歌 岩佐東一郎作詞・Beethoven作曲 An die Freude Ode to Joy
https://www.youtube.com/watch?v=L8Z2jEJ9TIw

晴れたる青空 ただよう雲よ 小鳥は歌えり 林に森に
心はほがらか よろこびみちて 見交わす われらの明るき笑顔
花咲く丘べに いこえる友よ 吹く風さわやか みなぎる日ざし
心は楽しく しあわせあふれ 響くは われらのよろこびの歌

夜明けの空には わきたつ声が 夕べの窓には やわらぐ声が
あふれる喜び ひとしく歌い きらめく天地に ひびきを返す
花咲く春には 希望をこめて みのりの秋には 祈りをこめて
あふれる喜び ものみな歌い かがやく天地に ひびきを返す

『歓喜の歌』は、ベートーヴェンの交響曲第九番で歌われてる歌です。日本人は第九が大好きで、とても親しみやすい旋律ですから、いくつもの日本語歌詞がつけられて歌い継がれています。この曲は鑑賞する人々にも喜びをもたらすが、演奏する側にも喜びをもたらすといわれています。第九の合唱という大いなる翼のもとに演奏者、合唱者、聴衆、すべての人々がひとつになる、そんな気がします。

そういえば、2001年十月から先月までの間に、台北のマンションを貸した家族に子供を生まれ、いま上海にある国際小学校の小三生になって、台北のマンションを訪ねたとき、いつも玩具がいっぱいあったので、幸せな男の子でした。これからもあの子は健やかに育つのを祈っております。

八月九日(木曜日)新店仁愛図書館で、立石鉄臣(1905年に台北生まれ)が1941年から1943年に描かれた台湾民俗図絵(原図刊『民俗台湾』)を読んで、幾つの図絵を真似しました。

夜、記事を書いたり、インターネットで組み合わせる絵を探したり、コラージュしたりしました。

お知らせ:

2018台北河岸音樂季
日時:八月十七日(金曜日)~八月十九日(日曜日)
会場:台北市延平河濱公園

2018/08/07

働き方の未来図〈2025〉

皆さん、おはようございます。今日は立秋(りっしゅう)で、夏が極まり、秋の気配が立ち始めます。海に囲まれた台湾ではピークがずれ込み猛暑の時期となることが多いですが、明日からの暑さを「残暑」と言い、手紙や文書等の時候の挨拶などで用いられます。「暑中見舞い」ではなく「残暑見舞い」を出すことになります。

炎天下で、スポーツをしたら、びっしょり汗をかくと、体に良いとわれるから、私は週に二、三回自転車に乗って、二時間ぐらい台北を回ります。皆さんに夏のスポーツと言えば、どんな競技を思い浮かべますか。水泳、サーフィン、カヌー、ビーチバレー、サイクリング、高校野球など浮かびましたねぇ。

今週皆さんと一緒にお読みしたいNHKやさしいニュースは8月6日16時15分『100回目の記念の「夏の全国高校野球」が始まる』というニュースです。百回の記念大会を迎えた「夏の全国高校野球」が5日、兵庫県にある甲子園球場で開幕し、史上最多の56の代表校が参加して開会式が行われました。

午前9時からの開会式では、大勢の人が見に来ました。1回目からずっと出ている15の高校のキャプテンが入ったあと、去年優勝した埼玉県の花咲徳栄高校、そして56の代表校が南から北の順に行進しました。今年は記録的な猛暑が続き、試合の時は選手たちが水を飲むために休む時間があって、熱中症への対策がとられました。優勝を決める試合は21日の予定です。

2014年の台湾映画『KANO』をご存知ですか。日本人監督の近藤兵太郎のスパルタ式訓練により、台湾嘉義農林学校は1931年(昭和6年)夏、甲子園球場で行われた第17回全国中等学校優勝野球大会に出場しました。近藤監督は日本人のみを贔屓することなく、守備に長けた日本人、打撃に長けた漢人、足の速い高砂族の選手たちのバランスの良いチームを作り上げて、部員たちの心に闘争心と甲子園出場への夢が芽生えていました。

嘉農が初戦の対神奈川商工戦では、3-0の完封に抑え、準々決勝の対札幌商業戦は、19-7で圧勝、準決勝の対小倉工業戦も、10-2で圧勝、魂の篭もった姿勢と素晴らしい強さは日本の野球ファンをも魅了し、応援するファンも増え決勝戦では超満員の観衆が甲子園に詰め掛ける。日本中だけでなく台湾でも大勢のファンが見守る中、その試合が始まりました。結局、中京商に完封に抑えられ、優勝はできなかったが、嘉農の最後まで諦めない奮闘ぶりは台日それぞれの人々に強い印象を残しました。映画『KANO 』をまた見ていない方はぜひ一度見てください!

八月三日(金曜日)台北市内にあるマンションの屋根が漏っていることに最近不安をかかえてるってことなんですけど、主人はあらゆる手段をほどこして、やっと、一段落ついて、私をほっとさせました。主人は大学で土木を専攻し、手先が良くて、いつも自分の書斎に物作りして、だんだんわたしの頼りになってきました。三十年以上の結婚生活をお互いに歩み寄って来て、良かったわ!

夜、台北に新しく出来たSmexyというレストランで、友達の誕生日パーティを開きました。ジャズ風のダンス音楽を聞きながら、食事して、十一時半まで、スイングしました。夜中、四人の仲間と一緒に私の台北市内のマンションで二次会のパジャマパーティーを楽しみました。三時過ぎて、電灯を消して、寝ました。

八月四日(土曜日)朝起きて、マンションの近くにある阜杭豆漿という有名な朝食店へ歩いて行って、朝六時なのに、大行列でした。三十分以上待って、やっとカウンターで、定番の燒餅に油條(中華揚げパン)と豆乳を注文しました。朝ごはんのあと、皆それぞれ家へ帰りました。

一日中、横になって、昼食を抜き、ずっと寝だめしました。

夜、私と同い年のリンダ・グラットン(Lynda Gratton)が書かれた『ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉』を読み始めました。2025年、私たちはどんなふうに働いているだろうか。「漫然と迎える未来」には孤独で貧困な人生が待ち受けるとか、「主体的に築く未来」には自由で創造的な人生があるとか、どちらの人生になるかは、下流民か、自由民か、地球規模で人生は二極分化されます。

5つのトレンドによる、働き方が変わります。テクノロジーの発展、グローバル化、人口構成の変化と長寿化、個人、家族、社会の変化、エネルギーと環境問題などです。そして、働き方を変えて、ゼネラリストから連続スペシャリストへ、孤独な競争からみんなでイノベーションへ、金儲けと消費から価値ある経験へ、三つのシフトがもたらされました。

2025年、七十歳になる私は、どんな生活を送るのか、職場に戻るか、ボランティア活動に夢中にするのか、外国で暮らすのか、この世を去るのか、一寸先は闇ですが、活きている限り、やるべきことを精いっぱいやって、楽しい人生を送って行きます。

八月五日(日曜日)一日中、林口長庚病院で、薬剤師研修に参加して、単位を取りました。

夜、『日本統治時代に上流階層の趣味を探る』を読み始めました。上流階層って、1943年(昭和18年)『台湾人士鑑』から選んだ889人を代表的なサンプルになりました。スポッツとしては、1919年にできたゴルフクラブの入会費は高かったので、一般の庶民が参加する余裕がないです。趣味って、詩吟という活動を日本殖民政府は支持されることを分かりました。

八月六日(月曜日)午前中、台北のマンションへ行って、掃除したあと、中正樂齡センターで、九月から毎週月曜日午後の色鉛筆の絵画の授業に申し込みました。そして、八月末に行うカラオケコンテストとファッションショーコンクールにも申し込みました。人生初めてのカラオケコンテストとファッションショーコンクールはどうなるでしょうか、きっと良い思い出がいっぱいできると思います。

午後、文山樂齡センターで、『幸福な人生ー健康を守る』という講座に参加しました。先生に達磨易筋経(だるまえききんきょう)を教えて下さいました。禅宗の始祖達磨大師によって、ゆっくりと腹式呼吸して、内臓を鍛え、体調をより良く作り上げる効能があると主張されます。

全部で十二式の動作をする易筋経の動作は上肢・下肢・胴体の屈伸・内旋・外旋・内転・外転・外へ広げ内へ収め・身体をねじ曲げるなどの運動を要求されます。健康方法としての効能として、筋力の増強、内臓の強化、心肺機能の強化、神経系統の安定、姿勢が良くなる、血流がスムーズに、集中力が高まる、運動競技力の向上、などを挙げる者もいます。

夜、記事を書いた時に、主人に紹介されて『ごちそうさん』という連続テレビ小説を覗き見始めました。1945年(昭和20年)夏、戦争で焼け野原となった大阪で、子供たちに炊き出しを振る舞う一人の女性が物語の主人公・西門(卯野)め以子です。2013年のNHK大阪放送局が制作したテレビドラマ、総合テレビとBSプレミアムで放送されたました。中国語での翻訳は『多謝款待』、画像を見ると、中国語と日本語の字幕が両方ともあるので、日本語の勉強に役にたちます。

2018/08/03

人生百年時代

皆さん、おはようございます。最近よく友達に聞かれてますが、『いま一番やりたいボランティア活動は何ですか』って、実は、時間がある限り、やはり自分の能力を生かすことが一番です。というのは、人生に何でも精一杯やったら、必ず経験を積み重ねます。経験豊富な人になればなるほど、他人や社会にも役に立つし、自分にも成長します。

「人生百年時代」という言葉は最近よく耳にします。日本と同じ、台湾も百歳まで長生き時代に入ります。私たちは目の前の挑戦は「人生百年」を営むことです。私と同じ年の1955年に生まれたリンダ・グラットン(Lynda Gratton)が書かれた『LIFE SHIFT─100年時代の人生戦略』による、人間は生まれてから死ぬまでの百年の間に、どうすればもっと素晴らしい人生を送れるとか、グラットンのスピーチを聞いて、さっそく自分の残して四十年あまりの人生を計画立て上げましょう。https://www.youtube.com/watch?reload=9&v=eN4HmXNHGsI

今週皆さんと一緒にお読みしたいNHKやさしいニュースは8月1日11時30分『iPS細胞でパーキンソン病を治療する試験』というニュースです。パーキンソン病は、運動調節、ホルモン調節、快の感情、意欲、学習などに関わるドーパミンという神経の伝達物質を作り出す脳の神経細胞が失われることで、手や足が震えたり体が動かなくなったりする病気です。今までに、完全に治る方法はまだありません。

京都大学医学部附属病院のグループは、神経に変わることができる人間のiPS細胞を500万個ぐらい作って、パーキンソン病の患者の脳に入れる再生医療の臨床試験を行います。世界中最初の患者の手術は今年の終わりまでに行う予定です。保険が適用される一般的な治療法を目指す臨床試験として行われるのも初めてです。

父がなくなった前に、パーキンソン病に罹って、手紙を書く時、字がだんだん小さくなって、手や足が震えるより、体が動かなくなる問題がひどくなって、特に大腸が動かなくて、便秘症に悩んでます。いつもグリセリン剤に頼って、排泄物を体から取り除きました。ドーパミンという脳神経の伝達物質を作り出すiPS細胞の臨床試験が進めば、単なるパーキンソン病ではなくて、認知症まで色んな脳の病気を治ることを期待しております。

七月三十一日(火曜日)朝、ブライアン・ セルズニックが書かれた子供に向けた『映画ヒューゴの仲間たち』の英語版を読み始めました。映画が大好きなセルズニックは絵本の『ヒューゴの不思議な発明』の原作者で、マーティン・スコセッシ監督の子供に向けた映画『ヒューゴの不思議な発明』について、人気のある本から一流の映画へ製作される過程を詳しく語りました。

夜、赤血球(せっけっきゅう)について、若さと美の新常識のBS-TBS番組を見ました。人間全身の細胞数約60兆個、その中に赤血球の総数はおよそ20兆個であり、つまり全身細胞数の三分の一は赤血球です。赤血球の寿命は約120日です。赤血球は血液細胞の一種であり、酸素を運ぶ役割を持ちます。血液の体積のおよそ4~5割程度が赤血球の体積です。

鉄は赤血球の原料であり、人間が生きていく上でなくてはならない物質なのです。そこでおすすめなのが「鉄玉子」です。鉄玉子とは、鉄でできた卵型の塊で、やかんに入れて、お湯を沸かすと鉄分が溶け出すので、そのお湯を飲むだけで、鉄分を効率的に摂取することができるとされています。鍋物や味噌汁の調理始めや、ご飯を炊く際にも利用できます。

鉄玉子から溶け出す鉄分の約80~95%が人間の身体に吸収されやすい良いイオンの二価鉄です。この二価鉄は体内で消化を経ずに、すばやく吸収されるため、継続して利用すると貧血予防や改善に効果があります。鉄玉子を使って簡単に鉄分を摂取し、健康な身体を手に入れることができます。鉄分不足が懸念される現代人にとって体に吸収の良い鉄分を作り出す鉄玉子はおすすめです。

八月一日(水曜日)小坂史子監督の『百年物語ー日本統治時代に台湾博物館の研究者たち』のドキュメンタリー映画を見ました。2008年5月末に行う台湾博物館の百年記念祭り(1908年~2008年)に日本統治時代に台湾博物館の研究者たちの子孫をお招きしました。小坂史子監督は日本に住んでいる川上瀧彌、島田彌市、森丑之助、岡本要八郎、素木得一、尾崎秀真、堀川安市の子供や孫たちをインタビューして、当時台湾博物館の研究者たちの研究精神と生活態度を知り、昔の台湾の写真を見て、感動しました。

国立台湾博物館は、日本統治時代の1908年(明治41年)に設置された、台湾で最も歴史のある博物館です。第四代台湾総督児玉源太郎(こだまげんたろう)と民政長官後藤新平(ごとうしんぺい)を記念するため、「児玉総督後藤民政長官記念館」として現在地に建築されて、1909年に台湾総督府博物館に改称されました。野村一郎設計による現在の建物が大正4年(1915年)に完成し、川上瀧彌が初代館長に就任しました。天井のステンドグラスには児玉家の家紋である軍配団扇と後藤家の家紋である藤を組み合わせた図案が使われていました。1949年に「台湾省立博物館」と改称し、1999年に現在の名称となりました。

八月二日(木曜日)『映画ヒューゴの仲間たち』を読み続けて、子供に向けた本だから、とても読みやすいです。映画についての歴史と進化、俳優たちがスコセッシ監督と彼の3D『ヒューゴの不思議な発明』映画への考えと気持ち、そして無から空想の世界を築きあげられた本物の大きさの駅、小さな小道具、動物の訓練などを紹介してくれる本です。

さすが人気のある作家のブライアン・ セルズニックです。『映画ヒューゴの仲間たち』を読んで、自動人形(automaton)が15個も作って、しかも各自動人形の表情が違って、135時間のフィルムから103しかないシーンを切って、主な28名の俳優と500名以上のエキストラという複雑な映画工程を分かり、いい勉強になりました。

習うよりなれよう!今度チャンスがありましたら、映画のエキストラに参加して、カメオ出演したいです。

午後、友達を誘って、台北市にある家屋を見せました。将来Airbnbにするか、賃借するか、メリットとデメリットを考えております。

夜、急いでこの日記を書きます。日本語の語彙力不足の私は、常に英語の言葉をまず頭に浮かんで、そしてWeblioの英和辞典・和英辞典に頼って、日本語に翻訳してから、日記をかきます。日本語を勉強する傍らに、英語も上手になって、一石二鳥です。

2018/07/31

2018台北フリンジ・フェスティバル

皆さん、こんにちは。今日は七月三十一日です。残した一ヶ月の夏休みをどう過ごしたいですか。暑い日々が続きますので、熱中症に気をつけてね。私は暑気払いの台湾デザートの緑豆ハトムギスープをお薦めです。緑豆とハトムギを煮て作ったスープを少し飲んで、『心火』を取ります。体も心も涼しくなりますよ!

主人は定年退職以来、いつも自分の書斎に居ますが、この一週間毎日、台北市内にある家屋の修復に努めていて、新店と台北に往復して、忙しそうな日々を送ります。主人の笑顔を見て、やはり人間がいくら年を取っても,なにかに夢中するのは最高です。

私は山の奥又は浜辺にある小さいな小屋が欲しいです。週末になると、小屋で過ごします。主人は畑で野菜を植え、私は音楽を聞きながら、本を読んだり、絵を描いたり、料理を作ったりします。時々友達を誘って、屋外キャンピングして、小さな野外のたき火を囲んで、皆順番に若い時の偉いことを語ります。晩年に親友とのんびりして行きたいです。皆さんはいま一番夢中していることはなんだろうか。どんな老後を送りたいですか、教えて下さいませんか。

今週皆さんと一緒にお読みしたいNHKやさしいニュースは7月30日17時35分『7年前の原発の事故のあと福島県浪江町で初めて「相馬野馬追」』というニュースです。福島県相馬地方伝統の夏祭り、「相馬野馬追」が28日から始まり、2011年の福島第一原子力発電所(原発)の事故のあと休止されていた浪江町では、8年ぶりに騎馬武者たちの行列が復活しました。

「相馬野馬追」という祭りを1000年以上前から行っています。28日、浪江町では武士の姿をした50人ぐらいの男性が馬に乗って町を回りました。強そうな武士や馬を久しぶりに見て、みんな喜んでいました。いわき市で生活している男性は「小さいころから見ていた祭りをまた見て、浪江町に戻りたい気持ちが強くなりました」と話していました。相馬野馬追は、30日まで3日間行われます。

先週の火曜日の夜、日本の映画会で『311以後の福島』のドキュメンタリー映画を見て、福島第一原子力発電所の周りの浪江町、大熊町、双葉町の住民たちは生活に苦しむ様子を見て、今は「相馬野馬追」が復活されることを知り、とても嬉しいです。

七月二十七日(金曜日)午後、私が残されて、主人は一人で家屋の修復に行ってしまって、たぶん昨日の私が邪魔だけでした。邪魔って、彼は工事をした時に、私はただ側に黙っていて、本を読んでることだった。そういえば、手先より、私はやはり頭が器用です。修復のことに手を入れなくてもかまわなくて、家でマーティン・スコセッシが2011年、初の3D映画『ヒューゴの不思議な発明』を見ました。

『沈黙 -サイレンス-』より、『ヒューゴの不思議な発明』はずっと面白い映画だと思います。また子供の心を持つ私は子供に向け映画が好きだから。映画の中に、本屋さんもあれば、玩具屋さんもあります。子供がすきな冒険、秘密、魔術、人工知能(automaton)、映画、ミステリー、図書館があるので、とても想像力を刺激する映画でした。今まで見たスコセッシの映画の中に、一番好きな映画は『ヒューゴの不思議な発明』でした。子供を励ます名句が沢山ありましたから。

1895年にリュミエール兄弟が映画(駅に走ってる汽車)が発明以来、映画制作者は新しいミディアムで物語を語れて、1902年ジョルジュ・メリエス (Georges Méliès)は、フランスの映画製作者で、映画の創成期において様々な技術を開発した人物である“世界初の職業映画監督”と言われています。撮影を通して現実を操作し変換する能力から、最初の"Cinemagician"とも呼ばれました。

映画による、夢をかなえます。メリエスの最も有名な作品は1902年の映画『月世界旅行』と1904年の映画『不可能を通る旅』です。どちらも不思議な宇宙旅行を描いた作品で、初期の重要なSF映画とみなされているが、描き方はファンタジーに近い、小説と映画『ヒューゴの不思議な発明』にも登場しています。

夜、瓊瑤が書かれた『雪を降る前にー最期のレッスン(雪花飄落之前ー我生命中最後的一課)』を読み終えました。台湾で一番優れた愛情小説の書き手として、瓊瑤は寝たきりのご主人のことを詳しく述べて、安楽死(euthanasia)のことを呼び掛けました。愛しい人がずっと横になって、考えられず、話せず、ただチューブ栄養法で、命を延ばすことが、家族にまた患者に意味があるかどうか、読者と一緒に分かち合いました。

私は安楽死のことが賛成します。終末期患者に苦痛を与えずに死に至らせることは一番情け深いことだと私は思います。人間はふさわしい時に死を選ぶ自由を与えられるべきです。本人の事前の希望による、安楽死をして、尊厳死を表現する場合ではないでしょうか。超高齢社会に向けた台湾はいち早く安楽死のことを検討しないといけないと思います。

七月二十八日(土曜日)午前中、住んでいるコミュニティでただの健康診断があるので、全部の項目を受けました。尿と血液の採取、パパニコロウ塗抹とマンモグラフィー。パパニコロウ塗抹がされた時に、「子宮頸が委縮されたそうです」と先生のコメントを聞いて、「外見ではなくて、中身も老化して、しみとしわが美容手術で治せますが、内臓が若く見えることが不可能だろう」と私は返事ました。いつもマンモグラフィーが大嫌いな私は、優しい技術者に四枚のマンモグラフィーを取らせました。痛くて、我慢できました。一ヵ月後また健康診断の結果を皆さんにご報告いたします。

午後、台北市立美術館地下F區で、グループ朗読:《宗教について、日本人と台湾人の対話,1707年》読書会に参加しました。二十人以上の集まり、英語、台湾語、中国語、日本語で、自分が好きな話し言葉で、事前に配られた講義を順番に読み廻りました。グループ朗読を聞きながら、私は遠藤周作が書かれた沈黙の中にロドリゴ神父と井上筑後守との対話を頭の中に浮かびました。面白い経験でした。

夜、瓊瑤のご主人の平鑫濤が書かれた『さかのぼり(逆流而上)』を読み終えました。出版、映画、テレビなど様々な大衆伝達の媒体事業をいとなんでた平鑫濤は瓊瑤と共に素晴らしい愛の世界を築いて、2016年3月から、チューブ栄養法で、命を延ばして、今の現在までにまた生きています。

七月二十九日(日曜日)午後、エイレネを誘って、一緒に2018台北フリンジ・フェスティバルに出しました。私は2010年に初めて台北フリンジ・フェスティバルで、シェイクスピアの演劇を演じて以来、毎年台北フリンジ・フェスティバルの開幕式に参加します。今年は大稻埕永樂広場での開幕式に、一対一のイベントに申し込んで、一人の観客と一人のフリンジアーティストと下町の小散歩ができて、迪化街を15分ぐらい歩き回って、演劇を演じる人と見る人を繋いで、いい発想だと思います。私は若い女子大学生のフリンジアーティストと一緒に社会問題についていっぱい話し合いました。彼女たちは『汚染』という劇を公開します。https://www.youtube.com/watch?time_continue=3&v=W5WiGbem7D4

夜、エイレネとフリンジ・フェスティバルクラブ(大稻埕ビジターセンター)で、お見合いパーティに参加しました。暑気払いのビールを一本無料でもらって、賑やかな飲み会が始まりました。夜の店の女王の夢蘭嬌と一緒に写真を取ったり、二千以後生まれた若い人の好きな話題を聞いたりして、涼しい一晩中でした。

七月三十日(月曜日)午後、マーティン・スコセッシ監督のドキュメンタリー映画『ジョージ・ハリスン/リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』を見ました。二十世紀を代表するアーティストの一つであるザ・ビートルズ (The Beatles)の四人メンバーはジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターです。その中のジョージ・ハリスンついての音楽ドキュメンタリーで、ハリスンの子供時代から晩年まで、17歳でビートルズに加わり、富と名声を手にして、ビートルズ解散後、瞑想と精神世界における自己の鍛錬が人生の中心になって、癌で亡くなったあと十年の2011年にできた映画でした。2部を見て、3時間半もかかって、ちょっと長すぎると感じてますが、二十世紀の音楽世界にある人と事と物を勉強になりました。

夜、台北紅坊國際村を作り上げたRoma MehtaはTED x Taipeiで地域コミュニティの大切さについてのスピーチを聞いて、同感を惹かれました。深い聞く文化を培う台北紅坊國際村の活動に何回も参加してた私はRoma Mehtaの志を目指して、台北市立図書館でボランティアグループを成立して、皆は手を合わせて、良い自分そして良い他人に努力して、いいコミュニティを作ります。http://tedxtaipei.com/talks/an-artists-view-of-community-building/

2018/07/27

スコセッシ監督と映画

皆さん、おはようございます。今日は信念(conviction)という話しを始めさせていただきます。第二次世界大戦の時、栄養不良のせいで、『ハクソー・リッジ』のデズモンド・T・ドスは肺結核に患っても、87歳に亡くなれ、同じ戦争の時、『タイヤル族王女の母親と日本人警察の父親』の下山一さんはマラリアに患っても、80歳に亡くなれ、遠藤周作が書かれた歴史小説の『沈黙』に江戸時代初期のポルトガル人のセバスチャン・ロドリゴ神父(岡田三右衛門)は厳しく辛い心身試煉を受けても、83歳に亡くなれ、三人ともクリスト教徒であれば、三人とも強い信念を持つ人間でした。

私は信念ということを信じてます。信念があれば、心身とも[専念]して、前向きエネルギーを湧いて、困難を乗り越えられます。宗教を信仰しない私はまず自分の小さな力を信じて、毎日を大切して、身につけられた知識やスキルを地域の人々に分かち合って、精いっぱい笑顔で生きて行きます。皆さんも信念を持って、一緒に人生の道を歩んで行こう!

今週皆さんと一緒にお読みしたいNHKやさしいニュースは7月26日11時30分『青森県八戸市の港でサバの漁が始まる』というニュースです。日本全国有数のサバの水揚げ量を誇る青森県八戸市の八戸港で、今シーズンのサバの水揚げが始まりました。毎日サバを1000tぐらいとれていて、缶詰やしめさばなどにします。サバの長さは25cmぐらい、重さは180グラムほどと全体的にやや小ぶりでした。市場の競りでは、いつもの年より安い10kg200円から300円になりました。市場の人は「大きいサバがもっととれるようになってほしいです」と話していました。八戸港のサバの水揚げは12月下旬まで続きます。

私はサバが好きです。焼いても、揚げても、味噌汁にしても、特に、サバのお腹の部分が油っぽくて、美味しいです。サバ、タラ、マス、サケ、タイなどの魚料理を食べるとき、外見を見て、魚の名前が分かりますけど、目を隠したら、どんな魚を食べるか、たぶん分からないかなぁ。これから、魚を食べる時、目を閉じて、味をよく味わいます。自分の舌で、魚の種類が区別できるようになりたいです。

七月二十四日(火曜日)午後、マーティン・スコセッシ監督は1977年のドキュメンタリー映画『ラスト・ワルツ』を見ました。映画の始まりに音声を高くしなさいと勧められました。1976年11月25日の感謝祭に、あの“ザ・バンド"が16年に渡る演奏活動に終止符を打ちました。スコセッシ監督は『ラスト・ワルツ』という「さよならコンサート」をとるばかりでなく、ザ・バンドの五人のメンバーへのインタビューと彼らへの熱き思いを込めて映画でした。『ラスト・ワルツ』を見て、ザ・バンドの五人仲間が音楽の道を歩んできた感想を聞いて、メンバーたちの堅い結束力も感じてました。音楽も好きなあなたに、お勧めです。

私は音楽が大好きです。音楽であれば、全部好きです。毎週日曜日夜日本衛星放送BS-TBSにある『SONG TO SOUL〜永遠の一曲〜』を必ず見ます。永遠の一曲の歌手ではなくて、名曲の製作について、作詞家と作曲家のことも知ります。

時代を超える名曲の源流を辿る〜 BS-TBS『SONG TO SOUL~永遠の一曲~』 BS-TBS担当プロデューサー 澤井研志氏インタビュー
https://www.musicman-net.com/focus/63511

夜、台北市羅斯福路にある「フレンドシップ・ランゲージ」教室で、日本から柴口賢一の映画会に出ました。六月十五日に日本台湾交流協会で見た『宮城からの報告』の続く『311以後の福島』のドキュメンタリー映画を見て、「原発事故から7年学校現場の推移」のレポートを聞きました。

原発事故のために避難を余儀なくされた、福島県浜通り地方の学校現場の様子の「私たちは忘れない〜福島避難区域の教師たち」(2012年・33分)と「福島浜通りの学校」(2015年・40分)を見ると、避難先の学校を間借りして授業再開、しかし、住民は各地に散り散りになり、登校する子どもたちは極めてわずか。そして、遠距離通勤を強いられる教職員のことを知りました。大変でした。
   
僅か八人の集まりの映画会、日本人半分、台湾人半分でしたが、福島県浜通り地方の様子を見て、あそこに暮らしている人々の苦しみと悩みを共感しました。自分の共感力を鍛えること、相手の立場を理解することを理由に『311以後の福島』映画会に出ました。

同理心(Empathy) vs 同情心(Sympathy)
https://www.youtube.com/watch?v=3kgKanOYSsU

七月二十五日(水曜日)2003年の9月にニューヨークのRADIO CITY HALLでやった『SALUTE TO THE BLUES』というマーティン・スコセッシが総指揮して作った大イベントの映画を見ました。アメリカでW.C.HANDYの「セントルイス・ブルース」が世に出てから、2003年が百年目でした。それを記念して2003年はブルースがめっちゃ盛り上がりました。

『SALUTE TO THE BLUES』はアメリカの音楽の歴史的大集合で、ブルース・ムービープロジェクトの最終章"LIGHTNING IN A BOTTLE"というドキュメンタリー映画でした。当時に出場された素晴らしいアーチストとミュージシャンが十五年を経って、現在には、たぶん半分以下しか活きていないと私は思います。ブルースの音楽に惹かれたいあなたに、見逃せないドキュメンタリー映画です。

過去一週間、アメリカ音楽についての映画を三つも見ました。マーティン・スコセッシ監督の1977年の『ラスト・ワルツ』、2005年の『ノー・ディレクション・ホーム ボブ・ディラン』と2013年の『SALUTE TO THE BLUES』。音楽の勉強も、英語の勉強もできて、英語の字幕を見ると、単語がいっぱい出てくる、普通二時間の映画ですが、四時間もかかって、知らない歌手の名前を聞いて、インターネットで探し、できるだけ、馴染めない歌のメロディをちょんど覚えておきたいです。

マーティン・スコセッシ監督のお蔭で、アメリカ南部の音楽の世界に戻れました。二十代前半の私は、太平洋を渡って、アメリカのルイジアナ州へ行って、七十年代末からニューオーリンズで四年間の留学生活をしました。辛いルイジアナ医学院の大学院の授業の傍らに、週末のフレンチ・クオーターで、ジャズを聞くのが懐かしいです。

七月二十六日(木曜日)腰の痛みが緩んできました。良かったです。主人は川村明先生が書かれた『5秒 ひざ裏のばしですべて解決 ― 壁ドン!』を推薦してくれました。https://www.everydayhealth.com.tw/article/19600

午後、主人と一緒に台北市にあるマンションを修復し始めます。屋根から水が漏ることを一生懸命を探してます。夫婦協力で家屋工事をするのは初めてです。今度友達を誘って、家屋修復お祝いのパーティーを開きます。

夜、マーティン・スコセッシ監督の『沈黙 -サイレンス-』を見ました。二時間四十分です、中国語字幕のみ、英語字幕なし。

『沈黙 -サイレンス-』という時代映画を台湾で撮影を知ってから、初めてマーティン・スコセッシ監督のことを知り、そして、スコセッシ監督の映画をいっぱい見て、ほんとうに素晴らしい映画監督です。スコセッシ監督はカトリック教徒であり、30年前から、『沈黙 -サイレンス-』の映画の製作することを考え始めました。映画に対して、信念を強くもつマーティン・スコセッシ監督へ、ありがとうございますと言いたいです。

お知らせ:

グループ朗読:
《宗教について、日本人と台湾人の対話,1707年》読書会
日時:7月28日(土曜日)午後三時半から五時まで
会場:台北市立美術館地下F區

2018 Taipei Fringe Festival開幕式
日時:7月29日(日曜日)午後二時から
会場:大稻埕永樂廣場(迪化街一段21號前廣場)

2018/07/24

日本文学と映画

皆さん、こんにちは。最近急に腰が痛くて堪らない。腰痛を最も抱えている年代は40~80歳であり、年齢が高くなるほど高率であると言われてます。たぶん私は毎日長時間にずっとパソコンの前に座って、わるい姿勢のせいかもしれませんが。

「私は子供ができましたようです」と主人にそう言いました。主人はビックリしました。「へー!古いカキが真珠を生む?高齢産婦?」と主人が冗談で答えてくれました。「私の歩き方を見て、妊婦みたい、両手で腰を支えながら、ゆっくり動きます。子供が一人も生まない私はやっと母親の偉さを分かりました。」と私は返事しました。

下腰の痛みを引き起こす原因をまた詳しくわかりませんが、たぶんぎっくり腰あるいは筋膜性腰痛であるかもしれません。この一週間、毎晩主人にマッサージしてくれて、来週腰痛の状況が改善できないと、病院へ行って、レントゲン検査を受けます。年を取るに連れて、体にいろいろな問題が出てくるわけです。

今週皆さんと一緒にお読みしたいNHKやさしいニュースは7月23日17時10分『2020年東京オリンピックとパラリンピックのマスコットの名前が決まる』というニュースです。2月に子どもたちが選んだマスコットは、22日、マスコットの名前は「ミライトワ」と「ソメイティ」になったと発表がありました。

オリンピックのマスコット「ミライトワ」は、「未来」と「永遠」を結びつけ、「素晴らしい未来を永遠に」という思いが込められています。一方、パラリンピックのマスコット「ソメイティ」は、桜の「ソメイヨシノ」と英語で「力強い」という意味の言葉「so mighty」を掛け合わせた名前だということです。

日本人はすごいです。いつも新しい言葉を作りあげて、全世界に発信します。2020年東京オリンピックとパラリンピックのチャンスによる、日本の子供たちが選んだオリンピックとパラリンピックのマスコットの名前を世界の子供にアピールすることは素晴らしいと私は思います。

七月二十日(金曜日)今日は土用の丑の日です。日本からの友達と台北市中山北路にある有名な鰻屋さんの肥前屋で鰻丼を頂きました。列の長さが普通より短かったんです。私たちと台湾人の顧客と相席して、台湾人はほとんど土用の丑の日のことを知らなかったんです。ただ、「土用の丑の日に、うなぎを食べたら、ついてる」と聞きました。私は「土用の丑の日に、うなぎを食べたら、長生きになる」と答えました。

お腹が一杯になって、街角にあるコンビニでコーヒーを買って、逸仙公園(いつせんこうえん)で、のんびり話し合いました。とても静かな場所です、台北駅のオアシスだと日本友人と評しました。逸仙公園は中華民国の国父の孫文先生の号、逸仙に由来して、孫先生が1913年台湾を訪れた際に宿泊した日本統治時代の高級割烹旅館「梅屋敷」の一部が保存されているために逸仙の名が採用されています。公園の周りは大陸風の壁に囲われているが、内側を伺うと日本家屋の屋根も見える公園の目玉です。

夜、マーティン・スコセッシ監督は2005年のドキュメンタリー映画『ノー・ディレクション・ホーム ボブ・ディラン』を見しました。私はボブ・ディランの話し言葉を聞いて、そしてマーティン・スコセッシ監督の紹介も見ました。ボブ・ディランと彼の音楽を認識するため、お勧めの映画です。アメリカ音楽の流れも覗けます。
https://www.amazon.co.jp/Direction-Home-DVD-Bob-Dylan/dp/B000A0GP4K

ディランさんは2016年ノーベル文学賞の持ち主、受賞の賞金800万クローナ(約1億円)です。受賞講演は「でも、歌と文学は違う」、ロサンゼルスで収録されたという講演は27分程度で音声のみ、映像はない。ディランさんの講演は、「ノーベル文学賞を受賞した時、最初はなぜ、私の歌が文学に関係あるのか戸惑ったが、それについてじっくりと考え、文学と私の歌がどう繋がっているのか理解したいと思った。そして今からその答えについてお話をしようと思う」と始まります。音楽との出会い、作曲を始めるに至る経緯などを語っている。古代ギリシャのホメロスの叙事詩「オデュッセイア」、メルビルの「白鯨」、レマルクの「西部戦線異状なし」などの世界的に有名な文学作品に触れ、文学も音楽も「意味そのものよりも人を感動させることがすべて」だ、と語りました。
Bob Dylan 2016 Nobel Lecture in Literature
https://www.youtube.com/watch?time_continue=2&v=6TlcPRlau2Q

素晴らしいアメリカ歌の伝統から新しい詩的な表現を作りあげるので、ボブ・ディランは2016年ノーベル文学賞を与えましたとノーベル賞委員会が述べました。

七月二十一日(土曜日)午後、黃金女郎トーストマスターのエイレネと一緒に台北市大直にある芸術センターで行う日本友人の友達の広沢仁の版画展に出席しました。私は「どうしてレビヤタンというテーマになさる」と広沢さんに伺いました。「瀬戸内海に生まれ、幼い時クリスト教徒で、中学校を卒業して、山口県を出て、瀬戸内海を渡って、大分高校、東京武蔵野芸術大學、大学院を通って、その時海と水に対してる孤独感をレビヤタンという「巨大な海獣」が持つ見えない力を感じるさびわびの小島に懐かしい人、事、物をイメージすること」と答えてくれました。だからこそ、版画に赤い傘、立ち小便がありました。

版画展を見学して、エイレネとバスで金山ビーチ蹦火祭りへ参りました。まず、黃金温泉に入浴して、腰痛を緩みました。そして青鱗魚干しを食べて、大雨の中に全身濡れたままに、金山特有な「蹦火仔」漁法を見て、すごく印象的蹦火祭りでした。
金山「蹦火仔」漁法 https://www.youtube.com/watch?v=DOv4UGQeRS4

大雨のお蔭で、ビーチコンサートの観客が少なくて、私はエイレネと一番前と真中の椅子に座れ、側に警察専用のレーンコートを着ている警察さんが男女二人と可愛い柴犬の警犬が一頭いました。私は柴犬と遊びながら、陳宏銘さんが七十年代に作った民歌を聴き、懐いておりました。

被遺忘的時光 作詞:陳宏銘 作曲:陳宏銘
https://www.youtube.com/watch?v=OEScDGTtkZE
是誰在敲打我窗,是誰在撩動琴弦,
那一段被遺忘的時光,漸漸地迴昇出我心坎。
是誰在敲打我窗,是誰在撩動琴弦,
記憶中那歡樂的情景,慢慢地浮現在我的腦海,
那緩緩飄落地小雨,不停地打在我窗,
只有那沉默無語地我,不時地回想過去。

七月二十二日(日曜日)一日中、林口長庚病院で、薬剤師研修に参加して、単位を取りました。

七月二十三日(月曜日)午前中、下山操子が書かれた『流転家族‐タイヤル族王女のお母さんと日本警察のお父さんと私の物語』を読み終えました。日本統治時代の蕃童教育を少し分かってきました。蕃童教育所は四年、八歳から入学、卒業してから、二年の補習科に進学します。蕃人公学校は六年、教科書は蕃人讀本です。公学校を卒業して、二年の高等科に進学します。太平洋戦争の時に、高等科を卒業して、二年の青年学校へ行って、軍事化教育を受けます。

1930年10月27日に行われた霧社事件(むしゃじけん)と翌年の1931年4月25日に第二霧社事件のゆえも違う視点から見てきました。主人公の下山一は戦後、帰化して、中華民国の国籍を取って、 林光明と改名されました。

夜、メル・ギブソン監督は2016年の伝記映画『ハクソー・リッジ』(Hacksaw Ridge)を見ました。主役(デズモンド・T・ドス)を演じるアンドリュー・ガーフィールドは2017年アカデミー賞主演男優賞の候補者の一人でした。太平洋戦争の沖縄戦で衛生兵として従軍したデズモンドは敬虔なキリスト教徒であり、沖縄戦で多くの人命を救ったことから、「良心的兵役拒否者(Conscientious objector)」として初めて名誉勲章が与えられた人物です。

「ハクソー・リッジ」のロケ地は1945年4月沖縄戦において、浦添城址の南東にある「前田高地(Maeda Escarpment)」ではなくて、オーストラリアの南ウェールズの農場で作り上げられた戦場です。アメリカ官と兵は全部オーストラリア人が演じました。

「前田高地」と呼ばれた日本軍陣地は北側が急峻な崖地となっており、日米両軍の激戦地となったことから、米軍がこの崖をハクソー(Hacksaw=弓鋸)と呼びました。米軍が「ハクソー・リッジ」を攻めたら、沖縄を取れる、そして日本本島だと思いますが。結局は、沖縄戦は第二次世界大戦の太平洋戦争で、殺された人が一番多くて、日米両軍と民間人らを合わせた死者は約二十万人でした。

デズモンドは自分のことを映画化されるのが遠慮で、2006年亡くなって、デズモンドの息子から、許可を取って、映画が出来ました。デズモンドの息子は映画「ハクソー・リッジ」を見て、とても良い配役の映画で、自分の両親を思い出したと述べました。

最近見た映画と読んだ本は歴史の勉強になって、時間がかかって、成長しました。来年台北市立図書館で、「日本文学と映画」の読書会を開く予定です。今年の夏休みに精いっぱい日本映画を見ます。

お知らせ:

2018 Taipei Fringe Festival開幕式
日時:7月29日(日曜日)午後二時から
会場:大稻埕永樂廣場(迪化街一段21號前廣場)

2018/07/20

私の物語

皆さん、おはようございます。外国語を自由自在に操る人のことを見て、羨ましいとは思わない。実はですね!外国語を身につける目標を立てば、毎日努力を重ねて、なんと認知症を防いだり、豊かな人生になったり、さらには人間関係までも上手になったと私は信じてます。

外国語の勉強には、環境が要ります。毎日外国語を使うチャンスがありましたら、知らず知らずのうちに、流暢な外国語が自然に口から出てくるわけです。トーストマスターズクラブはその環境の一つです。例えば、日本語を勉強し始めてから、色んな日本語の堪能な方に出会えて、日本演歌、日本舞踊、落語など、日本言語と日本文化にだんだん馴染んで来ます!

今週皆さんと一緒にお読みしたいNHKやさしいニュースは7月17日11時30分『フランスで日本文化を紹介するイベントが始まる』というニュースです。「ジャポニスム2018」はフランスのパリで開き、来年の2月までフランス各地で日本の美術品を見せたり、歌舞伎などの伝統芸能の公演を行ったりします。日本文化を発信する行事としては過去最大の規模となります。

日本とフランスが交流を始めてから160年になります。豪雨による災害対応のため海外出張を取りやめた安倍総理大臣に代わって、河野外務大臣が「ジャポニスム2018」開幕式に出席しました。フランスのニセン文化相は「日仏両国の歴史ある、たぐいまれな関係をしたもので、非常にうれしく思っている。」と述べました。

グローバル化が進みつつある今は、あちこちで、異なる民族・文化の間で衝突・紛争が生じている現在、異文化の壁に挑む「ジャポニスム2018」は日本から国境を越えて、自らの民族・文化の良さをフランスの人々に紹介するのは世界平和への道を歩んで行く模範だと私は思います。

七月十七日(火曜日)私は本を読むのが大好きです、特に、百年の間に台湾で行われたツルーストーリーです。今、読んでいる瓊瑤が書かれた『私の物語』と下山操子が書かれた『流転家族‐タイヤル族王女のお母さんと日本警察のお父さんと私の物語』は中国と台湾、日本と台湾、多種多様で変化に富む台湾の百年の物語です。

午後、映画の勉強が始まりました。尾形一成氏が演じる『先生と迷い猫』を見ました。猫好きな人にとって、お勧めな映画です。主役の野良猫が色んな町中の人々に愛され、玉子、千尋、空、ミイなど名つけられました。迷子になったみけねこを通して、地域の皆さんは仲間意識を築きました。尾形一成氏が演じる一人ぼっちお高くとまる校長先生も皆と協力して、結局とこるは、野良猫が見つけなかったんですが、とても観賞しやすい映画でした。

尾形一成氏演じる映画を探しているゆえには、尾形一成氏が『沈黙』の井上筑後守の役を演じて、良い評判をもらいました。ロサンゼルス映画批評家協会賞の助演男優賞の次点入賞を果たしました。今度皆さんを誘って、一緒に『沈黙』を観賞しましょう、井上筑後守の役を演じる尾形一成の演技を見ましょう。

七月十八日(水曜日)午前中、景新図書館に十階の教室で「水性顔料インク画」の授業に参加しました。三時間の授業で、二種類の表現方法を勉強しました。色や輪郭をぼかすことと重ねること。水彩画と違います、インク画は紙の上に水遊びを感じさせます。

夜、マーティン・スコセッシ監督の映画『ニューヨーク・ニューヨーク』を見直しました。1977年、台北医学院薬学部を卒業したばかり、『ニューヨーク・ニューヨーク』を見たが、女優ライザ・ミネリが歌ったテーマ曲を今もよく覚えてますが、ストーリーをほとんど忘れてしまいましたけど。

New York, New York Lyrics & Music:Fred Ebb/John Kander
https://www.youtube.com/watch?v=ge7NiJuSpac

Start spreadin' the news, I'm leavin' today I want to be a part of it
New York, New York
These vagabond shoes are longing to stray Right through the very heart of it
New York, New York
I want to wake up, in a city that never sleeps And find I'm king of the hill
Top of the heap

These little town blues, are melting away I'll make a brand new start of it
In old New York
If I can make it there, I'll make it anywhere It's up to you,
New York New York

そうですねぇ!競争厳しいニューヨークで生きられると、世界中何処でも生きられる、全部自分次第です。

対日戦勝記念日にニューヨークで出会ったサックス奏者とジャズ歌手の二人が愛し合い、別れを経験しながら人生を歩む姿を描く映画です。1945年戦争の直後、若いミュージシャンが二人ニューヨークで出会って、愛し合いながらも愛する音楽のため、別れなければならない辛いラブ・ストーリーを語りました。やや三時間の間に、人生の不安定感と新婚男女二人の競争と指摘、相手の立場から見ないことを見て、考えさせられる映画でした。

七月十九日(木曜日)瓊瑤が1990年に書かれた『私の物語』を読み終えました。台湾五十代以上の人にっとて、人気ある瓊瑤の恋愛小説を読んでない人がいないだろう。私は中学時代に瓊瑤が1960年に書かれた第一号長編小説『窓外』が読んだことがたしかにあったけど、はっきり覚えませんでした。今度読み直したいです。

瓊瑤の『私の物語』を一気に読んで、さすがに素晴らしい人気小説家だけあって、上手くストーリを組み合わせて、順序に語って、とても読みやすい自伝が書かれました。時代の流れに、皆それぞれ、揺られて、流れてゆく、あなたも、私も。

お知らせ:

日時:7月24日(火) 19:00~21:00
会場:「フレンドシップ・ランゲージ」教室
住所:台北市大安區羅斯福路二段79號607 (MRT古亭駅3番出口スグ)
内容:
1.映画上映 (製作者/湯本雅典) 
  ①「私たちは忘れない〜福島 避難区域の教師たち」(2012年・33分)
          あの日、家族と共に車で避難した人々。
          まさか長期にわたるとは誰も考えず、と
          りあえず2,3日のつもりで家を後にした。
          しかし・・・。
  ②「福島 浜通りの学校」(2015年・40分)避難先の学校を間借りして授業再開。しかし、住民は各地に散り散りになり、登校する子どもたちは極わずか。そして、遠距離通勤を強いられる教職員。
2.レポート「原発事故から7年 学校現場の推移」事故後の浜通り地方の様子を、資料も提示しながら報告する。(報告者/柴口賢一  資料提供/柴口正武)

申込:下記のメール、または電話にお名前と連絡先(メールアドレス)をお知らせください。mail/shibakuchi@gmail.com tel/0901-003-342(柴口)

2018/07/17

トーストマスターズクラブ

皆さん、おはようございます。七月七日の小暑を過ぎて、二十三日を大暑を迎えます。七月って、やはり天気が暑いですねぇ!猛暑の日々が続いて、夏バテを防ぐにはどうすればいいのか。自分の体をどうすれば守れるのか。中国人は漢方薬を飲むより適当な食物を食べた方が良いとよく言われます。特に季節変化された時に、食べ物にちょっと拘りしたら、養生ということができますよ!

今週皆さんと一緒にお読みしたいNHKやさしいニュースは7月13日11時30分『成田空港「土用のうしの日」に食べるうなぎが着く』というニュースです。今年の「土用のうしの日」は7月20日です。日本ではこの日にうなぎを食べる習慣があって、今たくさんのうなぎが中国や台湾から成田空港に着いています。養殖に使う稚魚のシラスウナギの不漁のため、輸入のうなぎも去年より2~3割高め、1キロ5000円ぐらいになっています。

土用の丑の日とは、土用の期間に訪れる丑の日の事を指しているのです。「土用」は立夏・立秋・立冬・立春直前の約18日間の「期間」を示す言葉です。2018年は夏に土用の丑の日が二回あります。七月二十日を「一の丑」、八月一日を「二の丑」と呼びます。

せっかく「土用のうしの日」ですから、私も夏負けしないで、友達と一緒に台北市内にある人気のうなぎお店で食物補いしたいです。「土用のうしの日」には、『う』の字が附く物を食べるべきです。鰻以外には瓜、梅干、うどん、牛肉(うし)も食べます。

七月十三日(金曜日)今日は十三日の暗い金曜日ですが、世界のどこかに不幸なことが行われないように、心から祈っております。

一日中、家にいました。土曜日午後、桃園成功と山川バイリンガルトーストマスターズクラブ合同例会でのゲストスピーチのパワーポイントを準備したり、クルーズ旅の絵巻を書いたりしました。夜は更けていても、また起きていました。トーストマスターズ仲間の前にスピーチをする素晴らしいチャンスが与えられて、嬉しかったです。

私は旅に出た時、いつもノートを持って、紀行を書いたり、絵を描いたりする習慣がありましたが、マジェスティック・プリンセスに乗った前に、空白の絵巻を二つ用意して、何処へ行っても、絵巻を持って、記録をしました。頭に記憶をさせるためであれば、スピーチのテーマと内容を探すためでありました。

七月十四日(土曜日)午前中、バスに乗って、新店から桃園へまいりました。日本からのトーストマスターの上見さんと一緒に桃園景福宮の近くにあるブラウンカフェで昼食しました。上見さんは私の知り合いで、三年前に横浜你好トーストマスターズクラブを作り上げて、日本では第一号の中国語トーストマスターズクラブの創立会長でいらっしゃいます。

午後、久しぶりに桃園成功バイリンガルトーストマスターズクラブの例会に参加しました。以前、桃園国民小学校に冷房が付く地下会議室で行った例会を一階にある自然教室に移って、扇風機も運転してない部屋に二十数人が一緒に例会をやることが初めてでした。皆の勉強熱心には実に感心しました。

中間休憩に、役員たちがお八つをたくさん用意して、西瓜、バナナ、お菓子など、会員皆は一緒に食べながら、仲良し話し合いました。中間休憩の後は、私の出番でした。旅行の写真がいっぱいあって、お喋り好きな私は時間を上手くコントロールできませんでした。マジェスティック・プリンセスのクルーズ旅にいてのパワーポイントを三分の一も話し終えないと時間でした、しかも時間大オーバーでした。

来年四月の末、台湾トーストマスターズ春季大会が終わってから、日本のゴールデンウィークで、台湾と日本のトーストマスターズ仲間が三十人以上、日本改元をお祝いして、一緒にマジェスティック・プリンセスに乗るようと私は今年七夕の願い事の一つです。

夜、柚子花花という桃園にある有名な客家菜料理屋さんで懇親会が開きました。三リットル桶が二つの台湾生ビールを飲んだり、拳遊びしたり、とても賑やかでした。じゃんけんを始めとして、色いろな日本式の数拳、中国式の数拳、台湾式のじゃんけん(パラ拳)をやって、昔宴会の場面を思い出して、懐かしかったです。これからも、拳遊びを勉強したいです。私の側に座った上見さんは嬉しそうな顔をして、横浜你好トーストマスターズクラブでのスピーチの内容を見つかったと呟きました。楽しい懇親会が終わって、バスに乗って新店に戻りました。

七月十五日(日曜日)午前中、朝寝坊を満喫しました。

午後、映画の勉強が始まりました。キャスティングについて、監督マーティン・スコセッシはこう言いました。映画の監督の仕事には、九割はキャスティングです。適当な俳優を選んで、正しく物語りを言うけれども、脚本に役目を拘られなくて、広い心を持って、誠実に役目を演じて、俳優たちはお互いに切磋琢磨で映画の真髄をもたらして、観衆に映画のストーリーを信じさせることです。

6月14日から7月15日にかけて、ロシアで開催された2018ワールドカップの決勝戦はいよいよ今晩です。フランス対クロアチアの試合を見る人は世界中に何億人以上いるはずです。私はサッカーに興味を待たないし、スポーツのロテリーを買ってないし、通夜でスポーツの試合を見るのは苦手でした。

七月十六日(月曜日)午前中、世界中一番話題になるのはやはり2018ワールドカップの最優秀のフランスチームでした。イタリアに住んでるいとこはちょうどフランスのカンヌで娘と孫と休暇をして、一晩中フランス人は大騒ぎで、全然眠れなかったとフェイスブックで文句を言いました。

台北市杭州南路にあるマンションの改装について、室内装飾家と相談しました。長年そのマンションを友達に貸して、つい友達が上海に移住することに決まりました。二十五年前に、仕事に交通時間を節約するために購入したマンションはいまの価値がどのくらいでしょうか。毎月少し家賃をもらって、小遣いになります。

夜、また映画の勉強が始まりました。赤い腰帯の上に大きな白い文字の『限』が書かれたスコセッシ監督のR18+作品である『ウルフ・オブ・ウォールストリート』を見ました。『「狼」と呼ばれた私のヤバすぎる人生』を原作とした映画化された作品には、ウォールストリートの不法お金、インサイダー取引、覚せい剤と性愛が溢れて、三時間以上の映画を私は中途半端で止めました。

お知らせ:

【オンラインで日本語を学ぼう!】
国際交流基金が開発した日本語学習のための教材には,クイズをしながらカタカナを覚えたり,アニメ・マンガの世界観で表現を学んだりすることができる教材など多数あります!

日本語学習プラットフォーム「JFにほんごeラーニングみなと」
https://minato-jf.jp
学び方も多様化し,eラーニングへの関心,注目が高まっています。いつでもどこでも自分のペースで学習できる教材を試してみませんか。

Leviathan : 広沢 仁 版畫展
日時:七月二十一日(土曜日)
場所:Art Space 563台北市中山區明水路563號

2018/07/13

ブック・クラブ

皆さん、おはようございます。『住めば、都』という諺をご存知ですか。どんな環境でも、住み慣れてしまえば、それなりに住み心地良い町だと思うようになることです。私はアメリカ留学して台湾に戻って、ずっと新北市にある新店に住んでて、就職、結婚、退職、三十年以上も過ぎました。山と水に恵まれてる新店は私の都です。皆さんの都は何処でございますか。ご紹介をお願いします。

今週皆さんと一緒にお読みしたいNHKやさしいニュースは7月11日17時20分『タイ洞窟にいた13人をみんな助ける』というニュースです。タイ北部の洞窟で遭難したサッカーチームの少年ら12人とコーチの合わせて13人は、6月23日遭難してから18日目の十日夜、タイの海軍とイギリスなどのダイバーのグループによって全員が救出されました。

タイ北部チェンライ県の国立公園にある洞窟で、大雨による増水によって出られなくなりました。国を越えて、国際的な協力によって、助けった13人は全員元気になるまで暫く入院しました。救助チームの責任者は「世界でも初めてといえる作戦を成し遂げた」と喜びを語りました。「二度と同じような事故を起こしてはならない」と述べ、子どもたちに対し、雨季における洞窟の危険性を伝えることなどを徹底する考えを強調しました。

暗い洞窟の中にだんだん水が増えていて、入口から5キロぐらいの所にいました。閉所恐怖症に苦しむ子どもがいたか。18日の間に13人がどうやって励まし合ったか。どうやって生きられたか。タイの子どもたちが泳げるなら、ダイビングできるなら、もっと早く救出されるかもしれません。夏の水遊びに危険性を伝えることより、基本な生存スキル、例えば泳ぐ、シュノーケリングを子どもたちに学ばせるなんか私は思うんです。これから私はダイビングを身につけたいです。万の一のためです。

七月十日(火曜日)静かな午前中、台風8号の姿がちっとも感じませんでした。家のベランダで《書說新北》という新北市についての随筆集を読み終えました。二十数人の作家が共同書かれた自らの新北市にある都の物語です。一番好きなのやはり我思う新店についてのご紹介でした。

新北市は台湾北部に位置する台湾最大の行政区です。元々県である台北県だったため、市域は台北市の外港と基隆市の近郊を取り囲む形となって、2010年直轄市に昇格し、新北市と改称されました。新店は台北市の南側、新店溪と景美溪と交わり会う所です。私は毎日自転車に乗って、景美溪に掛けられた景美橋を渡って、台北市立図書館景新分館へ行ったり来たり、15分しかかからなくて、とても便利です。

午後四時より、台北市は台風休みになり、その前に、図書館へ行って、DVDを六巻借りました。

夜、中国の山西汾陽からの映画監督・脚本家・映画プロデューサー賈樟柯(ジャ・ジャンクー)についてのフランスドキュメンタリー映画を見て、賈樟柯監督はとても優しい中国人だと感じています。残念ながら、賈樟柯監督の映画が台北市立図書館にありません。賈樟柯監督は、中国映画界の「第六世代」の監督として知られいます。今度中国に行ったとき、賈樟柯監督の映画をみたいです。

七月十一日(水曜日)午前中、台風八号はそんなひどくなくて、台北市は台風休ができなかったんです。うれしいです。午後、台北市立図書館へ行って、二時から五時まで、柔らかいパステルで風景を描く授業に参加しました。私はこのチャンスを掴んで、クルーズ旅の沖縄と石垣の絵巻に柔らかいパステルで『夜にあるクルーズ』と『雨傘を持つ男』を二枚描きました。

夜、友達に誘われていても、今年七月ばかり台湾に上映された『ブック・クラブ』というコメディ映画を見ることを断りました。私は図書館からDVDを借りって、家で見るのは一番楽です。しかも無料です。

『ブック・クラブ』って、年輩の女性四人は月に一回の読書会を楽しんで、次々と文学名作を読み進めていったが、「たまには趣向を変えてみよう」ということで『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』を読むことになりました。ごく普通の人生を送ってきた四人にとって、マミーポルノとして名高いエロティックな小説は極めて刺激的なもので、四人とも過去自分の単調な人生を変えて、新たな一歩を踏み出していくという物語です。

なんだか、ニューヨークに住んでいる女性四人の『セックス・アンド・ザ・シティ』というとても人気ある連続テレビドラマをすぐ思い出しました。女性同士に自分の空想やファンタジーを分かち合うコメディシリーズの『セックス・アンド・ザ・シティ』を私は全部見て、しかも映画も見ました。

考えてみれば、『セックス・アンド・ザ・シティ』であれば、『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』であり、性愛に関する本と映画が好きな人は単なる若い女性でなくて、年輩の女性方にも気に入るそうです。もしかすると、年輩の男性方にも興味を引けます。性に関する本と映画って、男女老若の別なくでしょうねぇ!来年、私もブック・クラブを作りましょう。一緒に『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』を読みましょう。何とも言えないが、何の刺激を受けて、新たな一歩を踏み出せるかもしれませんか。

七月十二日(木曜日)午前中、ベランダで日本語を勉強したり、記事を書いたりしました。午後、弟と食べ放題のしゃぷしゃぷのお店で、昼食をして、夕食抜きで済みました。

夜、キャスティングについて、『沈黙 -サイレンス-』の映画監督のマーティン・スコセッシのインタビューを見て、今年75歳のスコセッシ監督に憧れてきました。『沈黙 -サイレンス-』を台湾の花蓮で撮影したときに、大雨、地震にも逢ったスコセッシ監督は、頭の運転が速い、記憶力がすごい、言語表現力が優れ、異文化に挑みやすい、人間性が良い監督だと思います。台北市立図書館で一気に過去スコセッシ監督の作品を全部借りって、来週皆さんにご報告いたします。

最近、夜に咳きがよく出て、明日はお医者さんに見ることに決まりました。

2018/07/10

自由の女神

皆さん、おはようございます。「我思う、故に我在り」というデカルトの名句をご存知でしょうね。蓬萊仙島に住んでいると我思う、ゆえに蓬萊仙島に我在り。毎日起きてから自分が好きなことをして、本を読んだり、記事を書いたりして、余暇にお年寄りと一緒に日本語を勉強したり、わらべを歌ったりしております。仙人のように、楽しい毎日をお送りします。皆さんは、どこに住んでいらっしゃると思われるんですか。

今年初めて台湾を襲う台風8号(マリア)は、非常に強い勢力で、夕方から夜にかけて台湾に接近するため、北部では暴風や高波、大雨に厳重な警戒が必要です。皆さんなるべく、外出しないように気をつけて下さい。

今週皆さんと一緒にお読みしたいNHKやさしいニュースは7月9日11時30分『アメリカの「自由の女神像」に登った女を警察が捕まえる』というニュースです。7月4日、有名な「自由の女神像」の高さ30mぐらいの台の上まで登った女を警察が捕まえました。

自由の女神像は、アメリカ合衆国のニューヨーク港内、リバティ島にある像で、アメリカ合衆国の独立百周年を記念にフランスが贈りました。1886年に完成しました。自由と民主主義の象徴である自由の女神像は、十九世紀以来絶えることなく世界各地からやってくる移民にとって新天地の象徴ともなっています。1984年にはユネスコの世界文化遺産に登録されました。

私は自由の女神像に興味を持ちのは先月マジェスティック・プリンセスの旅からでした。船上の画廊で、ピーター・マックスを知り、彼の素晴らしい作品をいっぱい見て、特に自由の女神像の絵が大好きです。アメリカ合衆国の独立二百周年を祝うため、マックスは1976年7月4日初めて、自由の女神像を描いて以来、毎年7月4日に自由の女神像の絵を画きます。先週の7月4日、私はマックスの自由の女神像の絵を真似して、沖縄絵巻の中に自由の女神を画きました。
https://www.parkwestgallery.com/peter-max-statue-of-liberty/45905

七月六日(金曜日)午前中、家のベランダで《寂しい京都》という随筆集を読み出しました。先月台北市萬福國小の視聴室で、2018東京アニメ最優勝獎【幸福路上】の監督の宋欣穎さんに会ってから、奨学金を持った宋欣穎さんは京都大学で二年間(2004年~2006年)の暮らしについて中国語で書かれた《寂しい京都》をさっそく台北市立図書館から借りました。宋欣穎さんの寂しい京都と違って、私は京都立命館大学で一年間(2000年~2001年)の交換留学生活はちっとも寂しくなかったです。

立命館大学インターナショナルハウス(略アイハウス)で二十数人の若者の国際交換留学生と一年間共同生活して、毎晩飲み会をやり、週末になると、トーストマスターズ活動に打ち込んで、とても忙しい一年でした。日本語より英語をほとんど毎日喋りました。その一年間、京都トーストマスターズクラブの創立会長と致しまして、学割を利用して、夜行バスに乗って、東京へ行って、トーストマスターズスピーチコンテストや役員訓練にも参加しました。若い国際交換留学生と日本人のトーストマスターに囲まれて、寝る時間もないほど忙しい京都でした。

午後、図書館へ行って、フィフティ・シェイズ・オブ・グレイのDVDを借りました。暗いカッバーに赤い腰帯の上に大きな白い文字の『限』を丸い枠が付けられ、18歳以上の視聴者しか見みられません(R18+)。制限された本とDVDに図書館が特別な扱うルールがあるので、初体験の私はちょっとわくわくでした。実は、私はアメリカに留学した時に、Rではなくて、Xも見たことがあります。あんまりいい思い出ではなく、目も當てられない程恐ろしい映画でした。

夜、フィフティ・シェイズ・オブ・グレイというDVDを見またし。暗いことを見る準備がありますかと始めでの質問です。世間知らずの女子大学生は怪しい性癖を持ち大手会社の若い金持ちの社長との出逢い、極く普通シンプルな物語だと思います。自分の感想って、E・L・ジェイムズはすごい、女性向けのエロティックな小説をベストセラーになって、しかも厚い本が三冊も(続編の《フィフティ・シェイズ・ダーカー》と《フィフティ・シェイズ・フリード》)あります。

世界中どこだって、性愛に夢中したい人がいっぱいいるかなぁ。二時間あまりの映画を見て、性癖のある主人公は若い時から母親の友達と長年男女性行為があって、男女性行為と言っても、男と女の関係ではなくて、支配者と服従者の主従関係で、性愛の難行苦行によって、情愛を制しました。

恋に落ちたヒロインはジョージア州にある実家に戻って、ガスパチョを飲むシーンがマジェスティック・プリンセスで飲んだ美味しいガスパチョを思い出した。そして、二人はグライダーに乗るシーンは私の三十年前のアメリカ人のトーストマスターの友達を思い出しました。彼は飛行機会社で勤めて、よくグライダーで飛ぶこを話し合いました。最後に、主人公の五十五のシェードを知らないまま、映画が終わりました。

男女関係ってことは性愛であれば、情愛である異性の壁に挑むことです。自分の一番やりたいことと相手が一番やってほしいことを一致させればいいんです。上下の主従関係じゃなくて、一対一の対等関係を築く、お互いに尊重し、自分と相手の充実感が生まれてきます。その充実感こそが夫婦の幸せとなり、家庭の底力になってくるんじゃないか、つまり、自分と相手の個性とロマンを生かすことです。考えてみれば、男女関係にもグローバル企業の経営哲学を応用できるケースではないだろうか。

七月七日(土曜日)午前中、ベランダで朝食の豆乳を飲みながら、『国境を越えてII』をちょっと勉強して、日本語の文法構造と慣用句を頭に入りたかったんです。何気なく、豆乳を入れたコーヒーコップの花柄を見て、それはアルストロメリアじゃないかにびっくりしました。ほぼ40年前、アメリカ留学した時に購入された食器の上にピンクと紫色のアルストロメリアを描いてました。なるほど、マジェスティック・プリンセスのレストランのテーブルの上に生きているアルストロメリアに初めて出逢ったとき、すぐ恋に落ちました。40年間ずっと、アルストロメリアの花柄を使ってカップをこれからもっと大事にします。

アルストロメリアは、ペルーユリとも言え、南アメリカ原産で約五十種が知られます。いずれもアンデス山脈の寒冷地に自生します。1753年、南米を旅行中だったカール・フォン・リンネ自らが種を採集して、リンネは親友のスウェーデンの男爵クラース・アルストレーマー(Baron Claus von Alstromer)の名にちなんで花に名づけられました。四~七月にかけて、アルストロメリアが咲いて、花持ちが長いです。

可愛いアルストロメリアを出逢って、花の名前を何回も伺って、ウエーターたち誰も花名を知らなかったんです。船上に唯一の花屋さんが花名を知るげと、つづりが間違いました。アルストロメリアの特徴はお葉っぱがさかさまに成長して、幹に歪曲して、お葉っぱ先を上に上げてる様子はまるで友情のように、曲がったりねじったり成長して、友情と献身を象徴します。

《フィフティ・シェイズ・ダーカー》を読み出しました。厚い小説を一応目を通して、一時間をつぶして、主人公の五十五のシェードを知って、最後に《フィフティ・シェイズ・フリード》で二人が結婚しました。背景は2011年のことなので、メールも一杯ありました。いまや、LINEのメッサジばかりであるだろう。

午後、落雷の大雨、雨の音を聞きながら、宋欣穎さんが書かれた《寂しい京都》を読み終えました。同じ京都だけど、全く違う経験した私は京都に戻りたい気が湧いて来ます。再来年京都トーストマスターズクラブ20周年祭りの時、一ヶ月間京都に滞在します。毎日自転車に乗って、20年前の自分を探します。

夜、台北アリーナで、2018国際社交ダンスコンクールを見ました。ライブバンド(準決勝)とオーケストラ(決勝)の伴奏で、ダンサーたちの素晴らしい姿と舞芸、美しい衣装を観賞しました。三時間のライブバンドの女性歌手は歌が上手で、色んな愉快なダンス曲を聞かせて、楽しい土曜の夜を過ごしました。

決勝戦の前に、主催側にもらった光る指輪をつけて、満員の台北アリーナで、皆一斉に叫んだり、波を作ったりして、すごい応援の勢いを選手たちに届けました。主催者の努力によって、2018国際社交ダンスコンクールは大成功でした。ダンサーも観客も大喜びでした。楽しい一晩中でした。また、2019年国際社交ダンスコンクールを楽しみに!

約束した2018国際社交ダンスコンクールを皆一緒に見る六人の友達をなかなか見つけなかったんですが、もう来た以上は、そこに落ち着きました。知らない隣の観客と話し交わして、一緒に拍手したり、叫んだりして、集団的な思い出ができないけれども、一人ぼっちの自立感が味わいました。知らない同士と一緒に行動するのは別のチャンスが生み出しました。

七月八日(日曜日)一日中家にいます。日本語を勉強したり、記事を書いたりしました。夜、夕食を抜き、例の通りに新BS日本の歌という番組を見ました。

七月九日(月曜日)午前中、台北市立図書館へ行って、本を返したり、借りたりして、何冊の本も目を通しました。午後、ずっとラジオを聴きました。

夜、日本放送協会のニュースを見て、西日本ではかつてない豪雨に襲われて、ひどい災害をうけました。一日も早く復興できるよう心から祈っております。

お知らせ:

成功と山川バイリンガルトーストマスターズクラブ合同例会
日時:七月十四日(土曜日)
場所:桃園成功国民小学校

November 1st Week

十一月三日,星期二,晴 昨晚睡得還熟,半夜醒了,撐了一會兒,最後還是起床,看了飯廳的鐘,淩晨二點,向stilnox投降,一夜好眠到天明七點,原來上癮是如此的! 帶了半個Apple,半瓶安素EX,搭車到運動中心運動一小時,讀了韓語半小時,騎Orange YouBike 到新店高中旁...