2018/10/26

クロッグダンス会

皆さん、おはようございます。今年三月に成立された文山楽齢親子クロッグダンス会には、メンバーの数が少ないけど、毎週日曜日の午後、景新図書館一階のロビーで全員集まって、英語の指令を聞きながら、一生懸命にクロッグダンスを練習して、やっと足の動きが上手になりました。二週間前に我が文山楽齢親子クロッグダンス会は、台北市楽齢センター合同発表会のデビューで、見事にクロッグダンスを披露しました。

台北市内お年寄りに向けの十二軒の楽齢センターには、無料な勉強会がいっぱいあります。我が文山楽齢親子クロッグダンス会は、一番国際的だと思います。今年の五月にカナタから振り付け師Kerri Orthnerがいらっしゃった後、明日オーストラリアのメルボルンから振り付け師Peter Weeがいらっしゃいます。最近アメリカ人気ある婚活映画『クレイジー・リッチ・エイジアンズ』というワークショップで、新しいクロッグダンスを身につけて、年末のクリスマスパーティーで演出します。

今週皆さんと一緒にお読みしたいNHKやさしいニュースは10月23日16時50分『国の役所 障害がない3700人を障害者に数えていた』というニュースです。日本の法律では、会社や役所などは働く人のうち障害者を何人以上雇わなければならないか、割合が決まっています。しかし、多くの国の役所が、障害がない人などを障害者の中に入れて数えていました。このため政府は、弁護士や専門家などを集めて委員会を作って、詳しく調べてもらいました。委員会は22日、調べた結果を報告しました。

委員会によると、去年6月には28の役所が、障害がない人など3700人を障害者に数えていました。これは国の役所の80%以上です。一番多かったのは国税庁で1103人でした。次に多かった国土交通省は629人で、10年前に仕事をやめた障害者を、働いている人の中に入れていました。委員会は、多くの役所が法律で決まった割合にするために、自分たちの都合のいいように障害者を数えていたと言っています。

最近、日本、ヨーロッパ、アメリカに、大手会社が次から次へ自分の製品を偽りの検査データを作って、テレビでお詫び事件がたくさんありますが、日本の役所さえ偽りの雇用データを作るのは信じられないでしょ。信用のない会社や国家に対して、我々消費者と国民はどうすればいいかと考えなければならない時ではないでしょうか。

十月二十三日(火曜日)曇り。2005年に公開された日本映画『男たちの大和』を観ました。東映配給の日本の戦争映画である。辺見じゅん著『決定版男たちの大和』を原作に、終戦六十周年を記念して制作された。菊水作戦における戦艦大和の乗組員の生き様を描いた作品である。

2005年4月6日大和沈没の日直前に、鹿児島の枕崎漁港の漁協に一人の女性が訪れた。その女性=内田真貴子は、大和が沈没した地点へ連れて行って欲しいと頼み回るが、漁協組合員の漁師達は組合長を含め相手にしてくれない。そんな漁協の漁師の中に、水上特攻時に大和の乗組員として乗艦していた神尾克己がいた。

一度は真貴子の頼みを断るが、彼女が戦友で上官であった内田兵曹の娘(養女)であることを聞かされる(内田兵曹が去年末に亡くなり、遺言で大和沈没地点に散骨して戦死した戦友達と一緒にして欲しいという願いを実現するために枕崎に来た)。その瞬間、六十年間ひっそりと暮らしていた神尾に若き頃の思い出が浮かび上がってきた。

内田兵曹が激戦の中で戦死せず生き残っていたことに驚きつつ、戦時中の大恩人である彼のために出港を決意し、真貴子の頼みを聞き入れた神尾は、唯一の少年乗組員・前園敦(あつし)(神尾の部下で十五歳の少年であるが、船舶操縦免許を取得して操縦も行う)と共に彼女を乗せ、大和の沈没地点へ出航する。そして、ずっと閉ざしていた口を開き、過去のことをあまり語らなかった内田兵曹の話を真貴子に語り始める。

船の名前は明日香丸という、戦時中に広島への原爆投下で戦死した神尾の同級生でガールフレンドの野崎妙子の遺言を戦後に実現した、小さい漁船であった。神尾は戦時中に恋人であった野崎妙子が戦死したため、戦後も結婚せずに子や孫もいなかったが、漁業組合長の孫の敦を雇って孫代わりにしていた。

戦時中の回想として、戦艦大和が軍令部及び連合艦隊司令部から護衛機無しで特攻を行えという無謀な命令が出て、大和は沖縄での特攻戦に向かう途中でアメリカ軍に撃沈される。大和沈没後、神尾は西哲也の母のサヨを訪問し哲也が戦死し立派な最期だったと賞賛したが、サヨは神尾だけ生き残ったことを咎めたり息子哲也の死を受け入れられなかったりした。

サヨは哲也の送金で田んぼが買えたと神尾に紹介し(西の遺産の田んぼ)、神尾は西へのせめてもの手向けとして田植えや雑草取りなどを手伝い、サヨは謝礼として神尾にくれたが神尾は握り飯をその場に置き、自分だけ生き残ってしまったことを土下座してサヨに謝罪する、サヨも泣き崩れて土下座しさっき追及したことは悪かった旨や死んだらいけない旨を神尾を諭し謝罪合戦になる。そして、広島原爆投下があり、終戦を迎える。

墓標を立てる ぼひょう
船客50人を乗せたまま沈没する ちんぼつ

戦争の映画があまり好きではない私は、1985年海底に眠る大和号を発見されたことに驚きました。大和号が1945年沈没してから、40年の歳月も経っていました。1999年再び水深350メートルの海底に眠る大和を潜水艇「ジュールス」撮影されたことも面白かったです。泣き虫の私は、戦争の映画を観ながら、ずっと泣いてばかりです。日本語字幕もなくて、残念でした。

4月7日14時23分 大和沈没位置 
北緯30度43分 東経128度04分の東海の325メートルの海底
沖縄特攻作戦第二鑑隊航路
大和 全長263メートル 満載排水量7万2800トン 
艦底から艦頂まで51メートル 18階のビル

夜、「超高速!参勤交代」の続編『参勤交代 リターンズ』を観ました。幕府から突然の参勤交代を命じられた弱小貧乏藩の奮闘を描いた時代劇コメディ。参勤交代の帰り道 「交代」に出た湯長谷藩一行が、宿敵である老中・松平信祝の画策によってさらなるピンチに陥る姿を描く。

知恵と工夫でなんとか江戸への参勤を果たした湯長谷藩の藩主・内藤政醇らは、故郷に帰るため江戸を出発する。ところがその道中、湯長谷で一揆が発生したとの情報が入る。政醇らに打ち負かされた老中・信祝が、復讐のため湯長谷藩を壊滅させようと画策しているのだ。一揆を収めるためには二日以内に湯長谷へ帰らなくてはならず、政醇らは行きの倍の速さで走ってどうにか故郷へ帰り着く。しかし、城は既に乗っ取られてしまっており。

一揆を起こす 一揆が起こる いっき
閉所恐怖症

十月二十四日(水曜日) 午後、『ゲゲゲの鬼太郎』を観ましたが、あまり面白くないです。ただ、主題曲が好きです。

ゲゲゲの鬼太郎  作詞:水木しげる 作曲:いずみたく 歌:泉谷しげる

ゲッ ゲッ ゲゲゲのゲー 朝は 
寝床で グー グー グー
たのしいな たのしいな おばけにゃ 
学校もしけんも なんにもない
ゲッ ゲッ ゲゲゲのゲー みんなで歌おう 
ゲゲゲのゲー

ゲッ ゲッ ゲゲゲのゲー  昼はのんびり お散歩だ
たのしいな たのしいな おばけにゃ 
会社も仕事も なんにもない
ゲッ ゲッ ゲゲゲのゲー みんなで歌 おう ゲゲゲのゲー

ゲッ ゲッ ゲゲゲのゲー  夜は墓場で 運動会
たのしいな たのしいな  おばけは 死なない 病気も なんにもない
ゲッ ゲッ ゲゲゲのゲー みんなで歌 おう ゲゲゲのゲー

ゲッ ゲッ ゲゲゲのゲー みんなで歌 おう ゲゲゲのゲー

2009年に公開された日本映画『ぼくとママの黄色い自転車』を再び観ました。黄色の自転車に乗った男の子(大志)が何やらウキウキして自転車をこいでいる。ちょうどスタジオジブリの自転車ダッシュシーンみたいな感じ。坂を下り、土手を下り、道路交通もほとんど無視。そのまま家路につき、ポストから手紙を出す。ここで「来てたーー!」

手にした手紙を開く。それは母親からだった。室内で飼っている犬がジャレてくるが、それよりも手紙を読む大志。内容から察するに、毎週母親と文通しているようだ。中にはパリでの母親の写真が入っていた。今はパリに住んでいます、という事らしい。

ここまで、みたら、前に観たことがありますと確信しました。

夜、2015年公開された日本の実写映画『マンゴーと赤い車椅子』を観ました。監督は仲倉重郎。

下半身不随になった宮園彩夏がリハビリ専門病院の恒心会おぐら病院に転院してきた。障がいを受け入れられない彩夏は、親切にしてくれる周りの人にも素直になれずに苛立ちをぶつける。彩夏が下半身不随になったのは、不倫相手・後藤直樹の煮え切らない態度に悩み、いつの間にか自宅のベランダから転落したからだった。

彩夏は、理学療法士の菊地拓也の指導のもとリハビリを始めるが、上手く行かずに感情的になる。常に不機嫌な彩夏にも車椅子の高校生・外崎千尋は、めげずに話しかける。また彩夏は、車椅子で施設内を暴走する五十嵐翔太に出会い、感じの悪さに不快感を示す。千尋から翔太が活動するバンドのライブに誘われるも、興味ないとつっぱねる。

辛いリハビリ生活を送る彩夏の一番の支えは、正春と暮らす大好きな祖母・勝子からのケータイメール。子供の頃、祖母が栽培していた赤いマンゴーは、彩夏をワクワクさせてくれる大好きなもの。リハビリ生活を始めて一ヶ月後、注文していた赤い車椅子が届き彩夏は目を輝かせる。彩夏の赤い車椅子を見た翔太から「車椅子は足の不自由な人が一人で生きていくための武器だ」と言葉をかけられる。悪い印象しかなかった翔太から受けた思いがけない言葉に不思議と勇気が湧いた彩夏。

ある日、結婚を控えた親しい先輩と再会した彩夏は、幸せな家庭の将来像を描く会話を聞く。見舞いに来た直樹に彩夏は、「歩けないけど子供は作れる」と伝えるが、逆に別れ話を切り出されてしまう。その夜ショックを受けたまま車道近くに佇む彩夏のそばをスピードのある車が向かってきてはねられそうになる。すんでのところで翔太が身を挺して助けてくれた後、呆然とする彩夏に命の大切さを教える。心を入れ替えてリハビリに励む彩夏だったが、翔太のバンドが一週間後のライブを最後に解散することを知る。

床ずれ とこずれ 褥瘡 じょくそう
この映画を観ると、足が不自由の方に対して、リハビリの設備を知り、正しい車椅子の動き方と車椅子の意味も知りました。おしゃれの車椅子も見ました。

十月二十五日(木曜日)午前中、パステル授業で、指導先生が十数人の学生さんと一緒に大きいな秋の紅葉の絵を作りました。

午後、日本人の借家人と言語交換しました。いっぱい日本語をお喋りしました。

夜、弟の還暦を祝いパーティに我が家の兄弟四人が全員参加しました。楽しかったです。弟は三つ年下です。来年末子の妹が還暦を迎えます。また、我が家の兄弟四人が全員集まって、祝いパーティを楽しみます。

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